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ニュージーランド在住のプログラマがあれこれ書くブログ

「死に物狂いに働く」と「死にそうになりながら働く」は違う

マツコ・デラックスさんの仕事観がいろいろ反響を呼んでいるようです。

マツコ・デラックスが「趣味に生きる」若者を批判 「死にもの狂いで3~5年働くことが大事」 | キャリコネニュース

「死に物狂いの時期が3年、4年5年あるだけで、その後の人生が大きく変わる。その時期である程度のことを貯金しておくと、後でそれを使って生きられる。どんなにきつくても寝る暇を惜しんで働く時期が3~5年あるのはすごい大事」

この発言に対して反発の声も上がっています。

マツコ・デラックスの「死にもの狂いで3年働け」に反発の声 「今の時代は本当に死ぬ」 | キャリコネニュース

「現在の時代、その3~5年で使い潰されるという現実をマツコも知らないんだよ」
「死にものぐるいで働いて、その結果精神障害者になった自分からすればそんなのきれい事でしかないよ。今の若い世代だって必死こいて働いてるのに、皆報われないんだよ」


確かにこの先の見えない世の中、一生懸命働けば後々生きてくるというメッセージは白々しく聞こえるかもしれません。ですがわたしは、マツコさんの発言に概ね賛成です。


自発的か、受動的か

「死に物狂いに働いたところで、使い潰されるのがオチ」と反発している方は、きっといやいや働いているんだろうな、と思います。そしておそらく、「死に物狂いに働く」について誤解しています。


「死に物狂いに働く」と、「死にそうになりながら働く」のは違います。前者は自発的、後者は受動的な働き方です。


死に物狂いに働く人は、積極的に仕事をこなそうとします。たとえそれが定時内に終わりそうもない大量の作業量であっても、なんとか効率よくこなすために工夫を続けます。一方死にそうになりながら働く人は、時間がすぎるのを待っているだけです。一生懸命働いてもしかたがない、どうせ残業するんだからと不満を抱きながら、ただじっと耐え忍んでいるのです。


同じ長時間労働でも、がんばって乗り切って成長しようと働くのか、奴隷のように働かされていると感じるかでは、その質が大きく異なってきます。前者のような姿勢であれば、部活の練習と同じで働いた分だけスキルと賃金になって返ってくるでしょう。部活でうまくなろうと思ったら、誰でも長時間練習するはずです。また、もし何らかの理由で会社を離れたとしても、そのスキルがあれば転職や独立も比較的容易かと思います。


後者の考え方では、ただただ体力と精神がすり減っていき、最悪、命に関わりかねません。もし体調を崩して退職せざるを得なくなれば、再就職も厳しく、それこそ「使い潰される」ことになってしまうでしょう。


筆者は現在(自称)プログラマとして活動していますが、大学の学部は文系、新卒でIT企業に就職するまでプログラミング未経験でした。ですが、社会人1年目に、残業に次ぐ残業の中で開発技術を叩きこまれたおかげで、Webアプリ開発のいろはを身につけることができました。当時は仕事を早く終わらせるために始発で出勤したり、終電で帰宅してから技術書を読んで午前3時過ぎに寝るような生活もしていました。若気の至りとしか思えない無茶っぷりですが、その時身につけたことが数年経った今でも役になっているのは事実です。


念のため付け加えておきますが、いやいや働くのはダメだ、長時間労働でも自発的に働け!とは言いません。自発的に働けないのなら、辞めればいいのです。そして新しい職場を探しましょう。気の進まない仕事を長時間やるのは人生の無駄ですし、体にもよくありません。死に物狂いに働いてもそうそう死にませんが、死にそうになりながら働くとほんとうに死ぬので、くれぐれも注意してください。


文庫 プロの残業術 (草思社文庫)

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