僕は日本でしばしば月100時間超えの残業をこなす激務システムエンジニアとしてストレスフルな生活を送っておりまして、当時は常に「寝ててもお金が降ってくる生活を手に入れたい」と願っておりました。
ニートのように働かないのに収入を得る、いわゆる「ネオニート」ですね。
そのためには多少の出費も厭わず、怪しげなアフィリエイトの情報商材にン万円つっこんだり、謎の副業ノウハウ本に手を出して結局マイナス収支に終わったり、まぁ順当に胴元にお金を貢ぐ結果となったわけです(ぐぬぬ)。もちろん『金持ち父さん貧乏父さん』も読みましたよ!
ところがシステムエンジニアの仕事を辞め、ニートになり、ニュージーランドに留学し、となんやかんややっているうちに、いつの間にかネオニートに憧れを感じなくなってしまいました。今日はそんなお話。
いまの仕事が嫌いだと、ネオニートがうらやましくなる
ネオニートがうらやましいのって、いま従事している仕事が嫌いだからだと思うんですよね。こちとら毎日何時間も好きでもない仕事をこなして必死に給料を稼いでいるのに、世の中には寝ててもお金が降ってくるヤツがいる。けしからん! という思考。
でも今は、念願だったプログラマとしての就職を果たし、コードを書きながら毎日楽しくお仕事できているので、今の仕事を手放してニートになりたいとは全然思いません。「働きたくないでござるー」と言っている人は、ほんとうに働きたくないんじゃなくて、今の仕事があってないだけかもしれません。
このブログでは「嫌な仕事を続けるなんて人生の無駄」ってことを繰り返しお伝えしています。ネオニートがうらやましいと思ったら、一度スパっと仕事をやめてしまいましょう。会社を辞めるのなんて、全然こわくありませんよ。
「一生働いてはいけない」暮らしは楽しいのか
使いきれないほどのお金を手に入れて、一生遊んで暮らす。一見魅力的に聞こえます。しかし、こう言い換えてみるとどうでしょう。
何もしなくても毎月100万円口座に振り込まれるが、一生働いてはいけない。
どうでしょう? 「そんな人生サイコーじゃん」という人は、働くのに向いてないので積極的にネオニートを目指してみたらいいと思いますが、自分にはあまり魅力的には聞こえません。働いてはいけないって、誰からも感謝されないってことですからね。働かなくても済むほどのお金が手に入るのに結局働くんだったら、そもそもそんなに財産いらない、つまりネオニートになる必要はない。
筆者は日本での仕事をやめてから半年ほどニート期間がありましたが、はっきり言ってやることないと飽きます。そして一日をダラダラと過ごすことにどんどん罪悪感が出てきました。遊びに行けばいいじゃんって思いますが、平日の昼間なんて誰も相手してくれないし、出かけるのも体力使いますから、毎日遊ぶのって疲れますよ。なんだかんだで、自分は毎日ふつうに仕事があったほうが生きやすいみたいです。
「ネオニートになりたい」=「現実を変えたい」だった。現実を変えれば羨望も消える
冷静に考えてみると、ネオニートになりたい、不労所得で生きていきたいってのは、いやな仕事に毎日従事している現実を変えたいってことだったのだと思います。ずいぶん遠回りしたけれど、もがきにもがいた結果、今の楽しい暮らしを手に入れることができたので、もはやそういう羨望を抱くことはありません。
働かずに収入を得たいってのは普遍的な欲望のようで、それに目をつけるネットワークビジネスだとか、情報商材だとかがあふれています。そういう生活を目指すのが悪いとは言いませんが、不労所得だけが幸せな生活を手に入れる方法じゃないですよね。特にお金儲けの才能に長けていない我々凡夫にとっては、自分の好きな仕事、向いている仕事を見つけて、楽しく働く暮らしを目指すほうが、より現実的に幸せになれるのではないでしょうか。
かつての筆者のように「ネオニートになりたーい」とばかり願っていると、そんな欲望につけこんだあれこれにお金取られるだけの結果になるのが関の山なんで、皆さんもお気をつけ下さいませ。それでは。